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Sunday, November 15, 2015

進化の側面「何がどう進化」するか

日本語は品詞等を明確にし乍ら述べる言語なので品詞が居る場所を決め乍ら述べる言語なので、解り易いとも云えますが、その意味で発展、進化して行く上で冗長になる事を覚悟しなければなりません
英語の例では品詞を飛び越えて転用する事も自由に行なえる言語であるけれど、意味を正確に追いかけるには文化の恒常性も半面安定化しておかなければならないのだ。英語使用者自身が戸惑う程の急激な変化は必要なのかは使用者自身のチェックがひつようなのだが、日本語でも同様と言える。日本語の進化は冗長になる事を覚悟して他の道がないかを探り乍らしなければならない。/……

Friday, November 13, 2015

日本語がマトモに外国語を輸入出来ない訳

 
日本語は開音節、ピッチアクセント言語であるけれど、開音節を維持する母音は発音に於いて実に弱いものです。その為、閉音節語由来の単語派必ず母音を補足しないと発音出来ません。例えば「not」はノットと言う等です。これは殆んど諸外国語と日本語のアクセント様式が違うからだと思います。諸外国語はストレスアクセントで、強くハッキリ表現する為と思われます。日本語では母音の比重が高く全体に表情が弱くなるからだと思われます。
 

Monday, November 2, 2015

五百年千年先更にも見据えた議論を!

 
日本のローマ字とは何かと問われて的確に答えられない状況が戦前から続いています。殆んど決着の兆しも観えませんそれが訓令式&日本式とヘボン式の対立です。それぞれが宗派的団体を作り運動の拠点としています。両方に共通している事は五十音表を本尊として後生大事として守っているのです。私なら訓令+ヘボン÷2です。何故今迄そうして来なかったのでしょうか?それぞれの運動に想像力と創造力が無かったのでしょう。対立だけ残すと結局時間の浪費だけを押し付けて一切を無駄にするのだと云う警戒感が働かない事になります。これを放置した事の代償大きかったと言えるでしょう。訓令式+ヘボン式÷2は可能であるし、簡単な方法で出来ます。その為には双方が節度ある論争を粛々と行なう事です。五百年千年間耐えられる財産を構築する積もりで立場を越えてやり遂げなければ、勝ち負けの意識を捨てて未来の子孫達に遺す財産として我々は働かなくてはならないと強く考えます。
 

 
文章内部の構造化を目指す

  
バルカン半島の幾つかの言語の中には後置前置詞なるものがあるらしいのだが、①後置定冠詞を創作するも考えられなくもないのだ。或いは②動詞活用に主語対応詞を用意すべき時がでてくると思われる。
 

Friday, October 23, 2015

 
定冠詞を使い熟す!

 
日本語に在ったら便利だろうと思われる文法項目は定冠詞の存在ではなかろうか?指示関係が明瞭になるので、これが定着すると悪文が減ると思われる。日本語には日本語独自の指示代名詞があるので「こ、そ、あ、ど、」体系の内、/……

Friday, October 2, 2015

正しい、良い言語進化はあるだろうか?

言語の進化と言っても何を以って進化と云うのかは能く解らない。結果が、蓋を開けてみないと進化の名に値する優れた変化を遂げているかは解らないのだ。例えば現在の英語は世界的に能く働いている言語と言って良いと考えられるが、英語の成立にはゲルマン語系の2言語(Anglo-Saxons+Danes)の接触が比較的対等にあったことが条件だった訳です。ゲルマン語系の2言語は屈折言語であったのだが、各々の屈折は言語接触(商業活動)に依って役目を終え、代わって統語法(syntax)に移って行ったのです。
言語進化を意識的におこなうためには他の言語変化をつぶさに観ておかなくてはならないでしょう。観察の結果が当方に適応させることが可能かを見極めなければなりません。

Thursday, September 17, 2015

 
日本語の重苦しさ

 
日本語は持って生まれた悲しさか、開音節言語のため、冗長であり、重すぎます。日本語の唯一の閉音節は「ん」だと言われる事がありますが、「ん」は有拍でピッチアクセントを持ちます。一概に開とも閉とも言えない、一種の音節を構成しています。ローマ字に転写する際に「N」は無理を感じます。代わりに「gh」或いは「ngh」「mgh」を提案します。

Wednesday, September 2, 2015

必須の限定詞的情報

人工言語と言うのがありますが、言語にとってどう言った事が必須であり不要な要素と考えるだろうか?我々にとっては名詞の性は不要だと考えるが、例えば、既知か未知かという事はどうだろうか?既知未知とは誰にとってそうなのかも同時に言わなければ用を足せないから、情報量が増える事になってしまうだろう。似た現象にヨーロッパ言語では定冠詞不定冠詞があり、定冠詞は既知と認識している事が前提です。又動詞にアスペクト、完了未完了を持つ言語もある。又、名詞の範疇として、場所格、時間格、人格、物格事格、等があれば良いと想定する態です。メソポタミアの粘土板に書かれた言語にはばしょを表示する範疇を指示する限定詞の様なものがあったと聞いた事があるが、対極にあるのが英語的表現であろう。メソポタミアには限定詞を必要とした言語環境があったと推測される。それは、実際に発音されたかどうかは解っていない。語の末尾に限定的、範疇的な記号として機能していたのかもしれない。私が昔新聞雑誌の記事として読んだものなので手元に全く資料が残っていないのが残念です。中国語の影響だろうが、助数詞の存在は範疇表示の一つかも知れない。/……

Tuesday, July 21, 2015

進化論より豊富化論と言った方が

日本語が進化するのかと言う問いがあります。進化が悪ければ、豊富化と言ったら良いのかと思います。日本語話者がより表現の豊かさを手に入れることが出来る様にバックアップする事も考えられるのではないかと思います。豊富化は単に名詞のレベルで単語を増やす事も良いのですが、日本語の文法レベルでもあるいは助辞の足りない要素を見つけて追加する事もあり得ると思います。日本語にないニュアンスを新たに探して用意する事もあり得ると思います。例えば、日本語には再帰的表現はありますが、冗長な単語になってしまうので簡潔に表現できる語素を採り入れるなどです。
又、日本語が民間レベルで外国語との接触を多くして直接の刺激をうける事も必要かと思います。既に日本語はアクセントは韓国語の影響を受けているかも知れません。但しこれを捕足する手段はありませんが。

Sunday, July 19, 2015

 
同音異義語の多さを考える

 
日本語に同音異義語が漢語を中心として多いのは明治維新政府の近大国家としての基盤が弱かった事に原因しています。国家が言語に干渉する形態には様々な方法がありましたが、さし詰め日本は法治国家ならぬ放置国家でした。同音異義語発生を管理抑制する事に無関心であったのです。外国にも同様の事があったのですが、例えばフランスでも同音異義語がし易い環境でもありながら、自然淘汰に任せたらしいのです。新しい同音異義語は古い方を淘汰して行ったのです。イギリスでも自然淘汰が主でしたが、国家の介入は少なく、民間の委員会を設けてスペルや発音のシフトで回避していったのです。イギリスの場合スペルは外来語のものが多く如何に英語として馴染ませるかの発音に注意が払われたので少ない介入で済んだのだと思います。日本では元々の識字率の高さが却って仇となり明治維新以降の急激な文化発展に合わせて造語を無制限に調整機関のないまま増やして行ったのです。

Saturday, July 18, 2015

日本語に冠詞は必要か

日本語に冠詞はほとんど入り込む隙間は無いと思ってましたが、もし、遠い将来にあったら良いのであればひとつ候補があります。「彼(か)」です。現代語では複合語「彼氏/彼女」に残っている位で、使われ方も限定的です。また「こそあど」グループからもシステム的に外れています。この「か」を復活させれば、良いのではないでしょうか。使い方の開発を行なえば日本語の中に馴染んで行くのではないかと思います。勿論今は否定的に思えるでしょうけれど。

Sunday, June 21, 2015

「詩」を特殊視する必要はない筈

日本語の変化には「詩」の分野との交流が欠かせない筈です。「詩」は「詩」、「散文」は「散文」とわけているままでは何も刺激を与えあえないままでしょう。詩は詩の合理性を発揮して進化の足が延びるはずです。

もし、進化があるとすれば。

進化は進化と言う現象を我々がよく解っていないのでどう進化するかとか、どう言う方向に導く等の事は言えません。ただ、歴史が語った事しか我々には解りません。それだけなら、話は終わります。しかし、我々には表現が十分出来ているのだろうかと疑問を持っても良い筈です。そういう範囲での進化を考えても良いのではないかと思います。言語は組み合わせの妙と心得ますから今何か障害があるなら取り除く事も進化の内かも知れません。/

Wednesday, May 13, 2015

改革は何処から手を付けられるか?

日本語の進化は現在の弱点をどう捉えるかにも掛かって来ると思います。弱点は特徴でもあるので、それに基づいて考えたいと思います。①日本語は述語が文章の末尾に来る事実があります。特に否定肯定が最後まで解らない最大の弱点を持っています。しかし、これを是正する為の方法は可能です。文章構文を先に述語部を先に済ます表現習慣を定着させれば良いのです。特に会話に於いては個人の表現技術に差がある為書き方技術を先行して改革を行うことが出来ると思います。書き方は会話にも影響を与える事が期待出来るのです。文法の根本改革は長い歴史の後に現れる事なので今出来る改革は以上の様な事です。又、接続詞の効果的な開発も不断に行う事も可能な事であると思います。

Monday, January 5, 2015

日本語が進化する条件

  
日本語が進化するのは殆んど絶望的と思えます。日本語はこの様な時代になってもと言う事は言語接触のチャンスが多くあるにも拘わらず言語交流に積極的になれない日本人しかいないということです。日本人は正誤の価値基準には拘る為、乃至は正誤の価値基準が優先してしまう国民性故、結果、変化を好まない、但し、外国語特に英語の流入が無制限と言って良い程止まらない。単語の数は無駄に増え過ぎる。微妙に新旧を使い分けるのです。これは日本人の病理の問題であるかも知れない。
思考の照準を国家的利益にのみ合わせ過ぎると、言語変化の結果を十分に齎(もたら)さないだろうと思います。何故なら、国家的利益が目標の中にある事は保守的なバネが働くので、言語変化のブレーキになる事が目に見えているからです。 日本語は積極的な言語接触を心掛けなければ、日本語自身が育たないと言って良いと思います。