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Sunday, July 19, 2015

 
同音異義語の多さを考える

 
日本語に同音異義語が漢語を中心として多いのは明治維新政府の近大国家としての基盤が弱かった事に原因しています。国家が言語に干渉する形態には様々な方法がありましたが、さし詰め日本は法治国家ならぬ放置国家でした。同音異義語発生を管理抑制する事に無関心であったのです。外国にも同様の事があったのですが、例えばフランスでも同音異義語がし易い環境でもありながら、自然淘汰に任せたらしいのです。新しい同音異義語は古い方を淘汰して行ったのです。イギリスでも自然淘汰が主でしたが、国家の介入は少なく、民間の委員会を設けてスペルや発音のシフトで回避していったのです。イギリスの場合スペルは外来語のものが多く如何に英語として馴染ませるかの発音に注意が払われたので少ない介入で済んだのだと思います。日本では元々の識字率の高さが却って仇となり明治維新以降の急激な文化発展に合わせて造語を無制限に調整機関のないまま増やして行ったのです。