| 表現、表出とは新しい情報を従来から決められた約束に従った指示性を組み立てる事で相手に提供するものですから、既知の部分を未知の構造に導く作業である訳ですから新しい構造へ組み立て直す関係性が明確になる事が常に求められ、それが使命と言う事です。既知の部分は実際には既知の部分と言う前提で述べられるものです。言葉の明瞭さは既知の部分どうしの関係性が明確である事に負っている場合が殆んどです。印欧語等では性数の一致を手掛かりに関係性を維持している様に考えられます。日本語にはその様な習慣を持たないのでその指示性を遠称、中称、近称の指示代名詞を駆使して行なうしか方法がありませんが、語形的に重い点がある為、慣用表現の中に軽い素材を捜し更に簡素化、慣用化しなければなりません。 |
| 日本語は五母音開音節で終わる単語が多いので、印欧語の性数の代わりに、これを指示性の素材に出来ないものだろうかと考えた事がありますが、全くの空想になりますので非常に躊躇を覚えた事があります。 |
| 又指示性とは離れるが明晰性の為に考えられ事があります。それは表記における文法意識です。明確な表現の為には表現の中に小まめに指示を与える事が必要ですが、現行の方法では音節が多い事もあって煩わしさが先に立って日本語話者の最も嫌うところです。日本語的リズムを崩す事を嫌うからとも言えると思います。/…… |
| 日本語には近称•中称•遠称の代名詞システムとして「こ•そ•あ•ど」の系列がありますが、現代語では殆んど使われない「か」の系列もあります。これを利用しても良いと思います。それ程の違和感を持たなくても使用出来る範囲のものではないかと思います。 |