| 日本語には敬語システムがど~んと横たわっている。私は不合理と考える者であるが、これをどうするかの提案を今持ち合わせていない。しかし、何らかの合理的な判断をしなければならないと考えている。何故なら、敬語は非論理の表現が集中する部分だからだ。非論理の象徴と言えるのだ。しかし、これに踏み入る事は、他の日本語話者に僭越な事と言えるので、静かに提案はして行きたいと思います。 |
| 敬語が何故非合理かといえば、人間関係が会話の前に既に暗黙の了解事項になっており指示関係が表現外で既に決まっているので、言語の役割が殆んどなくなっているようなところがあるのです。敬語は言語表現以前の人間関係の環境の反映でしかないのです。但し丁寧語を敬語システムから切り離す提案は有り得ると考えています。 |
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